銅,鉛など金属を取り出したあとのスラグの山。数百年かけてここまで大きくなった。夏になると60度以上になり,植物を拒絶してきたが,木,葉などの堆積により,植物が入り込んできている。手前右側には,溶鉱炉の跡,煙道が山頂まで築かれていた跡が残っている。
下の写真はからみ原に自生する耐熱性の苔。


久喜鉱山は安土桃山時代1560年に発見され,戦国時代には石見銀山と同様に争奪が行なわれてきました。最盛期は1905年(明治38年)で一時人口が2000人を超えたといわれます。昭和30年代に採掘のための整備が試みられましたが,かなわず放置され,現在にいたっています。
 このまぶは水抜きのための穴でしたが鉱脈にぶつかり,それ以降盛隆を極めました。このまぶの奥350mの所に温水が湧き出ています。これをパイプで引いて定期的に風呂を沸かして集落で利用しています。
 またこの坑道には6種類のこうもりが棲んでいて,それら全てがしまねレッドデータブックに載せられ,要注意種に指定されています。

久喜銀山まぶ(水抜きのために掘られた。本坑(大横谷まぶ)はここから約300m上流にある。)



からみ原(スラグの山)


↓ 山頂へ続く煙道                      ↓煙道の頂上